スポーツ

Q. ずばり、スポーツと縁が無さそうな雰囲気の先生ですが、実際は?
A. 縁は無いです(大爆笑)!
小学校の通知表では、体育は3だったかな。可もなく不可もなく。運動能力を上中下と分けたら「下の上」。

学生でいる間ずっと、体育の時間は苦痛でした。次は体育だと思ったら、どこかへ逃げたかった!

Q. 競技の得手不得手は?
A. 絶対的に球技が苦手。出来ない。チームプレイが出来ない。
野球・サッカー・バスケットボール・ハンドボール・バレーボール、全部駄目!走るのも嫌!縄跳びは普通には出来た。二重跳びは出来なかった。集団で飛ぶのも出来たな。

Q. 運動会が待ち遠しいなんて思い出は無いですか?
A. 運動会は毎年なんとなくやり過ごしたという感じです。
「うまいね」と言われることもないし、「こいつ使えねえな」とがっかりもされない、期待されない、目立たない、集団の中に埋没していた少年でした。

Q. 運動部とは全く無縁でいらした?
A. 中学時代に剣道部に入りました。
父親に「運動系をやれ」と言われて、柔道か剣道のどちらかと迷って、剣道を選びました。正月なんかは、朝の3時4時に道場行って寒稽古やったりしました。
父親から命ぜられて「まあいいか」と妥協してというきっかけだったけれど、やってみれば剣道は楽しかったし、まあそれなりの成果はあげました。
個人競技だからよかったんだと思います。集団行動は無理!「チームの為」という意識が全く持てないんだから(苦笑)。

Q. 剣道が与えてくれた充実感とは?
A. 何だろうなあ・・・・自分を高めることかな。
スポーツなんだから相手に勝つのが目的なんだけれど、それだけではなくて、剣道とか柔道とか空手とかって、相手に勝つだけではない。練習後の黙想とかがあってね。中学生のレベルでしかなかったけれど、黙想といったものは好きでした。

Q. 高校以降の運動歴とはいかような?
A. 中学卒業後は運動部から離れて、その後二十代前半の頃は登山に少しハマりました。きっかけが何だったか忘れちゃったけれど、山登りをしたくなったんです。
二泊三日で夏の八ヶ岳に挑戦したりしました。
僕の登山はマジなハイキングブーツがあればこなせるレベル。ロッククライミングなんて厳しいものはやっていません。登山は一人で出来るのが良かった。
けれどいつしかブームは去って、二十代の半ばで登山から引退して、スポーツ全体からも引退。早い引退だねえ(苦笑)。

Q. テレビでのスポーツ観戦はいかがでしょう?
A. ワールドカップ、サッカーや野球やラグビーやらで、日本チームが活躍する時は、ちらりちらりと見る程度ですね。
集中して見ることはないなあ。オリンピックもそう。
仕事柄、一通りの情報、野球だったらどこと侍ジャパンが戦ったとか、そういうことは知っておきたいんです。

どこが優勝したかは知るべきだから、情報は仕入れます。
駅伝は青山学院がすごいね、相撲は最近モンゴル勢がどうで日本勢がああで誰々が強いね、羽生君は見事に4回転を決めたね、という会話が出来ればよいという考えです。外国の選手がどうしたとかは全然興味が湧きません。

Q. カメラ片手の散策は、かなり頻繁にたっぷりなさいますよね?
A. かなり歩きます。
休みの日もそうだけれど、普段の仕事の日でも、早めに家を出て、電車を一駅二駅手前で降りて歩きます。

ここ(秋葉原)に来るのなら、御徒町とか神田で降りる。ただし、さくさく歩くわけじゃないんです。
妻に言わすと、僕の散策は徘徊だと(苦笑)。
突然足を止めてぼーーーっと空見上げているとかするから、ウォーキングでも散策でもなく、徘徊。

Q. スポーツに長けていらしたら、今とどんな違いが生じたのでしょう?
この間のラグビーの日本勝利の試合を見ながら、「チームプレイが出来る人間だったら、生き方が違っただろうな」とつくづく思いました。

そもそも占い師にならなかったかもしれないし、なっても違うタイプの占い師になったかもしれない。

占いの会社を運営したり、大勢引き連れたりとかね。

今のこの僕は、究極の「集団行動出来ない性」が造ったのだろうなあ。

2016年1月6日 秋葉原マクトゥーブにて

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