対談・カップエース
 
        今回のお題は「カップエース」です。

永坂)エースの中でも最も見映えが柔らかな、【カップエース】の登場です。
中川)まず注目して欲しいのは円形に描かれた水です。カップというスートはそもそも感情を表すのだけど、水はタロットでは感情の象意です。このカードでは、水面が穏やかなのがわかります。
永坂)浮かんでいるのは睡蓮の花ですね。一斉にわっと咲き誇っているのではなく、ぽつりぽつりというのが穏やかさを強調している感じです。
中川)睡蓮はスピリチュアルさの象徴で、根は水の中にあって、つまり成長過程は泥の中で、綺麗な花が綺麗な水面に咲く。お釈迦様は睡蓮の上に座っていたりして、東洋も西洋も同じように睡蓮をスピリチュアルと捉えているのは、面白いね。
永坂)前から疑問に思っていたのですが、この「逆さM」みたいな物は何ですか?
中川)うーん、これねえ、何だろうね。良くわからないんだけど、魔術的な意味合いなんだろうと思う。
永坂)エースのカードのみが持つ特別なパワーを示すのでしょうか。
中川)そんな感じだね。この鳩は平和の象徴です。オリーブの枝を加えているから、ノアの方舟の物語を連想させる。この十時はカトリックの印。シンボルはとてもキリスト教を意識しているものばかり。面白いのはね、確かウェイトさんは、このカップから流れる水は4本だったと言っているんだ。
永坂)え、5本あるじゃないですか。
中川)そう、5本なんだよ。ここがね、ウェイトさんとパメラさんの考え方の違い、ぎりぎりの確執を表しているような気がするわけ。ウェイトさんは、キリスト教系のオカルティスト。パメラさんも最終的にはキリスト教に傾いたけど、このカードを描いていた時点では、まだそうでもなかったらしい。
前も言ったけど、ウェイトさんにイラスト依頼されたパメラさんは、大アルカナは依頼された通り描かざるをえなかったけど、小アルカナは案外自由に描けたらしいんだ。そしたら4本を5本に描いちゃった。 
永坂)この密かと思える裏切り行為は、そう言うと少々大袈裟ですけど、やっぱり裏切りですよね。印刷に送られる前にウェイトさんは気づいていたのでしょうか。この奇数という左右非対称は何か意味があるのですよね、意味があるからそうしたのですよね。
中川)何かありそうでしょ(笑)。
永坂)当然、偶数4だったら綺麗に割り切れます。奇数にしたのは、人の感情は簡単に割り切れないんだ、と主張しているから?それでもって、人の感情に左右対称の要素なんてないんだと。つまり、世の中の左右対称なものに対して反逆している?
中川)そうね、人間は割り切れない、綺麗な形におさまらない暮らしをするんだっていう、パメラさんのある種の反逆を感じないでもない。
この間、大アルカナの【ⅩⅩ審判】を眺めていたんだけど、このカードの天使がラッパを吹いていて人々が最終的に救済されるという絵柄は、聖書そのものでしょ。だったら、最終的なカードに救済する側の姿が描かれていて欲しいと思うじゃない。

永坂)最終的なカード?
中川)タロットの最終的なカード【ⅩⅩⅠ世界】。

ここに救済する側が描かれていていいはずなのに、そうではない。
永坂)神は物質的な意味での身体を持ってはいない、と言われているじゃないですか。シナイ山でモーセと対話した時の神は、「燃える柴」という姿であったと書かれています。【世界】にそのような抽象的な物を描くことはできたのに、パメラさんは描くことを選ばなかった。
中川)僕の勝手な考えだけど、パメラさんは峻厳な神という存在をあまり意識していなかったんじゃないかな。彼女は神を信じていなかったのではなく、少なくともこの時点では、神を裁く存在と捉えてはいなかったと思う。
永坂)突っ込んだ話になりますが、大雑把いうと、旧約聖書で語られる神は人々を裁くおっかない存在に書かれていて、けれど新約聖書では神は救いや加護を行うもっと優しい存在だ、とイエスキリストが訴えています。先生は、パメラさんの胸の内に居たのは新約聖書が唱える神であった、と指摘されているのですね。
中川)そう。当時の彼女はキリスト教徒ではなかったが、イエスキリストの愛の感覚で【カップエース】を描いたのだと思う。この聖餅(カトリック教徒がミサの時に使う)は平和のシンボルで、それを鳩が持ってくるわけなんだ。感情が平らになって行って、魂が成長して行く。
永坂)キリスト教の風合いが強いカードは、【カップエース】の他に【ⅩⅩ審判】と【ⅩⅩ 世界】を挙げられましたが、他には?
中川)あとは【Ⅴ 法王】。

言うまでもなく、カトリックの教皇を意識して描いたはず。

【ⅩⅤ悪魔】も含むと考える人はいるだろうけど、この悪魔の姿かたちは民間伝説だから違うんだ。
あの時代(注・発売は1909年)につくられた78枚のカードで、キリスト教の影響があからさまなのは4枚ということは、数が少ないと考えられるじゃない?そのあたり、パメラさんの宗教的な葛藤のようなものを僕は感じる。
永坂)絵柄を巡り、発注者ウェイトさんと受注者パメラさんには、どんな類似性や相違点があったのでしょうね。パメラさんが反抗して宗教的な空気感を薄めてウェイトさんの機嫌を損ねたのか、ウェイトさんが「これも悪くないか」と納得して受け入れたのか、そもそもウェイトさんは宗教的な空気感にうるさくなかったのか、と妄想が膨らみます。資料がないからわかりようがなくて、残念です。
けれど宗教性を色濃く強調しなかったおかげで、タロットは世界で幅広く受け入れられたんじゃないでしょうか。
中川)そう、偏らなかったのは正解だったね。キリスト教色ばりばりだったら、もっと小さな存在に留まったのかもしれない。やっぱりパメラさんは天才だ。
2025年10月 横浜マクトゥーブにて
 
      