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対談・【Ⅱ 女教皇】

前回より「主に対談・時々インタビュー」を始めました。今回のお題は「大アルカナを自由に深掘り・【Ⅱ 女教皇】」です。

中川)前回のように、ぱらっと一枚開いたタロットカードについて語るとしましょう。でもって、今回は大アルカナを深く掘ってみようかと。テキスト本ではないから、自由に考えを述べるという調子でやります。
カードを引きます・・・、【Ⅱ女教皇】。

永坂)復習させてください。【Ⅱ女教皇】のテーマは「今は見えていないものがこれから見えてくる」。正位置の解釈は「静観して見つけたことを受け止める、そして心穏やかになって行く」。逆位置は「見つけたいものが見つからない、そのせいでストレスを感じる」でよろしいですか?

中川)それで結構です。占いの際、逆位置は「トンネルの中を手探りで歩いている」という程度に受け止めれば十分です。単に見えないだけなんだ。【Ⅱ女教皇】逆位置には、いずれ見えるべきものは見えるという期待感が残されていると考えます。

 

永坂)先生は視界を遮っているのはベールと言われますが、私は扉というイメージを持っています。案外ささっと開くもの。「ぎいー」でも「ガラガラガラ」でもなく、バネ付きの「ぽ〜ん」 と、ちょっとの勢いを伴って軽く開くような扉を思い浮かべます。

中川)そうね。間違っていないと思う。そのような扉だから、正位置であれば見えるべきものはすんなり見える。逆位置でもいずれは見える。
ここに(白と黒の)ボアズとヤキムの柱があります。陰陽を示すとも言われていて、対立と捉えられがちだけど、僕は対立ではなく対極と読みます。【Ⅱ女教皇】にはぎすぎすした要素はないから。

 

永坂)【女教皇】は高尚な空気感の神様ですよね。恋愛を占ってこのカードが出たら万々歳ではないかと。浮ついている感じがないじゃないですか。地に足がついているといった、実直な恋愛を示してくれているという感じがします。

中川)そう、そんな感じ。浮ついている感はない。【カップ6】【カップ9】など、「この恋愛は楽しめます、けれどゴールへ行き着くかどうかは約束しません」というカードはあって、でも【Ⅱ女教皇】には信頼性が高いというか、堅実とか、そういう特性があります。

永坂)足元に置かれている三日月は、どう捉えましょう?

中川)月は反射ですよね。太陽を反射するもの。このカードは、隠れているけど太陽は存在しているよ、そして太陽が上がれば見えないものが見えるようになるよ、とほのめかしをしていると思うのです。
低い位置に置いてあるから、もしかしたらこの三日月は鏡なのかもしれない。日本の神社に御神鏡ってあるでしょ。鏡を祭っている。それに似ているのかも。

 

永坂)人々の動向を静観しながら、「あなた、自分を見てご覧なさい、そんなことをしていて恥ずかしくないの?」とか囁いているんでしょうか。静観は静観だけど、「私は無関係」と距離を置くではなく、「うまくやれる日が来るのを待っていますよ」みたいな優しさを含んでいる気がします。

中川)そうね、そして静観の中に「受け身の姿勢でいる」との要素も付け加えたいです。物事がごたついて先が見えない時は、状況を静かに客観視するのが賢いわけで、行動する時ではない。占いの場では「他者の話に耳を傾けながら、状況がどう変わるか待ってみましょう」と提案します。
僕はのベールの向こうにあるのは死後の世界だと思っているんだ。あくまでも僕個人の意見ね。死後の世界があると信じ切っていないのにそう思うのもナンなのだけど。

 

永坂)死後の世界ですか・・・。考えたこともなかった。どうかなあ。とりあえず、青い空が広がっているのは良かった。漆黒の闇だったら怖過ぎて、死のうにも死ねない。

中川)【Ⅱ女教皇】はTORAを持っています。なぜここでTORAかというと、人間が死ぬ時と関係があるのではないかと。僕は死の瞬間に彼女に会うんじゃないかと考えるわけ。そしてTORAを守ったかと尋ねられる。
本来TORAとは、ユダヤ教徒が守る一神教の神との律法(生きる上で守るべき戒律)を指すのだけど、抱えているTORAと書かれた書物は、どの宗教とも無関係。一人一人がオリジナルにつくった約束ごとを指す、というのが僕個人の見解です。

 

永坂)究極の個別対応オリジナル版TORA?

中川)そういうことかな。皆に共通するルールではなくて、一人一人違うもの。自分が神に誓ったことを守るというもの。「俺が独自につくった俺と神様の契約書」と言うのがわかりやすいかもしれない。
死んだ時に、「これをちゃんと守りましたか?」と【Ⅱ女教皇】に問われるんだろうなと思っています。

 

永坂)うーんと貧しい子沢山の輩がいたとして、裕福な人から時折小銭をくすねるのは見逃してください、それ以外は正直に生きるから、なんて書いていても許されるのならいいですね。この方は許容度が高い!

中川)そうね。常識や善悪の判断は【Ⅴ法王】や【ⅩⅠ正義】が担うもので、彼女の範疇ではないと考えます。

【Ⅱ女教皇】が問いただすのは、人が自ら誓ったことを守ったかどうかだけ。
人が死んで【Ⅱ女教皇】に出会って、「誓った通りに生きましたか」と問われる。誓いを守ったと知ったら、彼女は大いに微笑んでくれると思う。

2024年4月23日 清澄白河コピスクラスにて

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