インド放浪

Q. インド放浪の時代についてお話し頂きます。
A. 随分昔だなあ。1970年代後半から80年代前半くらいまでといった時期ですね。年齢で言うと二十代後半から三十代前半といったあたりです。

Q. 放浪のきっかけは?
A. きっかけは、三島由紀夫の小説「豊饒の海:四部作」を読んだこと。まあ何というか、漠然と目的も無く行きました。お金が尽きると日本に戻って稼いで、ある程度まとまったお金ができるとまたインドへ戻ってと、三往復くらいしました。

Q. いつも同じ場所で暮らしていらしたのですか?
A. いろいろ移動していました。好きだったのはカルカッタ。他に住んだのはマナリという小さい山の中の村とか、いくつかの海辺の町とか。有名なところではゴア。

Q. なぜインドだったのでしょう?
A. なんだろうなあ・・・うーん・・・。しっくりしたというか、居心地が良かったというのが理由かな。バンコックにも何ヶ月かいたけれど、あそこは暑い!暑すぎた!

インドも暑いけど、それなりに寒くなったりするのです。日本ほどではないけれど、インドには四季がある。カルカッタだって冬は寒いんですよ。山では雪も降ります。あまり知られていないけれど、インドにはスキー場だってあります。けれどバンコックは一年中暑い!

それと、バンコックは遊びに行くという感覚。インドは放浪。

Q. それらはどう違ったのですか?
インドでは徘徊していたんだな。
長い月日、何日も何日もぶらぶらへらへらしていました。本を持って行ったけど全く読まなかったし、ただ暮らしていたという感じでした。最長で6ヶ月くらい毎日へらへらしてたって、我ながら良くやったよね。今考えるとすごいと感心します。

Q. そういった暮らしが出来た秘訣は?
A.安宿で暮らす若さとか体力があったんだろう。
変な虫に刺されるとか、電気がいきなり切れるとか、お湯が出なくなるとかという不便さをやり過ごせたのは、若さでしょう。若くて体力があったから乗り越えられたんだろうと思います。

服は地元の人が着るような、白くてゆったりとしたやつ。食事は毎食カレーだったけど、それも全く平気でした。安宿の近所の食堂という感じのところに通いました。

Q. 「これぞインドの醍醐味」とは?
A.臭いと雑踏かな。埃と汗と排気ガスと、果物が軽く腐ったような、そこに香辛料が混ざり込んだような匂い。人がいっぱいいて、牛車や自転車が走っていて、人力車もいて、後はTATAっていうインドの国産車。人以外にも道端には野良牛とか野良象とかがいて。

Q. 野良象?
A. 都市にはいなかったけど、地方都市にはいました。

Q. 「インドに疲れた」という経験はなかったのですか?
A.あることはありました。いつだったか、三、四ヶ月居たらインドに疲れて、スリランカに行きました。そしたらすっごくのんびりできて、「仏教国は楽だ!」と嬉しかった(笑)。
良くわからないけれど、ヒンズー教の社会と仏教の社会とでは、空気感といったものが違うんでしょうね。けれどスリランカは息抜きだけで、やっぱりインドに戻っちゃった。

インドは独特な猥雑な感じが良いのです。タイもスリランカも、整っている。インドに比べればということだけど、タイは整っているのです。インドは混沌としている。あの時代の僕は混沌が欲しかったんだな。

Q. キーワードは「混沌」だった?
A.混沌の中で暮らしていたら、自分の中にあったものに対して「それでいいんだ」と気持ちが湧いて来て、それなりの折り合いがつきました。
折り合いがついて、「とりあえず放浪はひと休み」という感じになって帰国したら、結婚しちゃって落ち着いちゃった(爆笑)。それで長期の旅は終わり。

Q. 今後インドに戻られることはあるのでしょうか?
A.一週間くらいのツアーで三ツ星ホテルに泊まって、という観光旅行はやりたいです。吉方位が西の時を選んで行こうかと思います。でももう放浪はしないでしょう。無理だもの。体力が無いもの(笑)。

毎晩寝る前にベッドのマットレスを持ち上げて南京虫チェック、という生活は無理です!

行くとしたら、ベナレスは外せません。あの光景を目撃したし。沐浴もしたし。あそこの水を飲んでも大丈夫だったし(爆笑)。

(注・興味がおありの方は、ベナレスの特異性を調べてみてください)

2018年11月22日 秋葉原マクトゥーブにて

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